大阪地方裁判所 昭和41年(ル)1019号 決定 1966年5月12日
債権者
原田頼夫
債務者
株式会社北村機械製作所
右代表者代表取締役
北村秀雄
主文
本件債権差押命令の申請を却下する。
手続費用は、債権者の負担とする。
理由
債権者は、債権者、債務者間の布施簡易裁判所昭和四〇年(イ)第八〇号事件の和解調書の執行力のある正本に基き、同調書に表示の金二、七四一、五三〇円の約束手形債権に充てるため、
(1) 債務者が第三債務者・京都クロレラ食品株式会社(本店所在地・京都府綴喜郡八幡町大字内里小字荒場五〇番地の一、代表者代表取締役・長尾四郎)に対して有する別紙目録表示1の約束手形債権
(2) 債務者が第三者債務者・厳喜代治(住所・同府同郡同町大字八幡荘小字岸本七一番地)に対して有する別紙目録表示234の各約束手形債権に対する差押命令を求める旨申請した。
しかし、民事訴訟法第六〇三条によれば、「手形其他裏書ヲ以テ移転スルコトヲ得ル証券に因レル債権ノ差押」は、執行吏が、裁判所の差押命令に基くことなく、有体動産差押の方法(同法第五六六条、第五六七条)によりその証券を占有してこれをなすべきことが明らかである。ただ、この種の債権も、債権の一態様にほかならないから、民事訴訟法が右規定を債権執行の款においているのは、当然であり、該債権に対する強制執行も、換価手続の段階に入れば、同法第五七二条以下の方法によるのではなく、裁判所が同法第六〇〇条以下に所定の方法に従いこれを施行することになるにすぎない。右の次第で、同法第六〇三条に基く執行吏による証券の占有は、同法第五九八条の手続による差押に附加されるものでなく、むしろこれに代る性質のものと認められるから、この場合、同法第五九四条に基く該証券上の債権に対する差押命令は、不必要であり、これをなしても無効と解すべきである(RG 61 331をはじめとし、日独における通説)。
従来の判例(大判大正三、三、三一・民録二〇輯二五〇頁、同昭和五、七、九新聞三一六〇号九頁)は、右と異なり、指図式債権に対する差押にも差押命令が必要で、これを第三債務者に送達すべきであり、証券の占有は、差押命令を前提とする附随執行であるから、右双方の手続を経由することにより差押の効力が発生すると説いている。しかし、右の見解は、この種の債権の特殊性にかんがみ法が差押の方法について特則を設けた趣旨を没却するもので、法文上の根拠もない(なお、旧執達吏職務細則第七六条参照)のみならず、これを実際に適用すると、はなはだ不合理な結論に到達するものである。
(イ) まず、証券の占有が差押命令を前提とするというのであれば、例えば手形債権の場合、引受人、振出人、裏書人等数人の手形債務者があればその全員を差押命令中に第三債務者として表示し、かつ、すでに発生しまたは差押の効力が生ずる前に発生が予想される利息等があればこれも被差押債権に計上することが、手形占有の執行のために必要とせねばなるまい。しかし、右は、証券をあらかじめ手にする機会をもたぬ執行債権者に対し、至難事を強いるものである。実務では、差押命令において、約束手形の場合でも振出人だけを第三債務者と表示し、元本債権だけを被差押債権として掲げているのに、執行吏が手形占有の執行をしている例が多いらしいが、これでは、執行債務者による遡求権行使や差押前の利息等の請求を事実上不可能にするものとのそしりを免れないであろう。
(ロ) また、差押命令の第三債務者に対する送達は、公示送達の方法によるを得ぬと解されているから、証券上の債務者中に一人でも所在不明者があれば、これに対する債権の差押が効力を発生し得ないことになるが、その場合でも、執行債務者から所在不明者に対する証券上の債権の支払請求は、本来これをなし得べきものであり、右の権利行使を妨げてよいはずはないから、執行吏による証券占有が許されないのではないかという疑問も生ずるのである。
(ハ) さらに、判例の見解によると、有体動産執行に赴いた執行吏が、たまたま債務者の占有中にある証券を発見し、現場に立ち会つた債権者からその取上を求められたときでも、証券占有の執行をなすことを得ず、いたずらに債務者に対し、証券の隠匿、処分をなす機会を与えることになるであろう。
要するに、債権差押命令必要説は、多くの場合指図式債権に対する強制執行を事実上不可能にしている謬論と評すべきである。
してみれば、本件の手形債権差押命令の申請は、無意味、かつ、不必要の執行処分を求めているものというべきであり、法律上許されぬものと解されるから、これを却下することとし、なお、手続費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(戸根住夫)